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神話と歴史に魅了される「ギリシャ」の話題

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ギリシャ観光で行きたい!神話と歴史に魅了されるおすすめスポット

世界遺産に登録するところを決めることで知られている「ユネスコ」のシンボルマークをご存知ですか?三角屋根の下に柱に見立てた”UNESCO”の文字をあしらったマーク。デザインの元になったのは、ギリシャのアテネにあるパルテノン神殿です。神話の時代から5000年以上もの歴史を持つギリシャには、歴史的・文化的象徴となるような遺跡が他にもたくさんあります。眩い光降り注ぐ”太陽の国”ギリシャに行ったら是非訪れたい歴史的スポット、ご紹介いたします。

これぞ世界遺産!智の女神アテネ・パルテノスを祀った「パルテノン神殿」

数ある歴史的建造物の”リーダー”と言ってもよいのではないでしょうか。
ギリシャの首都アテネのシンボル、アクロポリスの丘のど真ん中に建つドーリア様式(古代ギリシアの建築様式:列柱の上部に飾りを用いないものが多い)の、アテネの守護女神アテナイ神に捧げた戦勝記念堂です。
もともとこの地にあったアテナの神殿(紀元前480年のペルシア戦争で破壊される)の跡地に、紀元前447年頃から15年もの歳月をかけて建造。
海抜およそ150mの荒々しいい台地に築かれた壮大な姿は、ギリシャ美術・建築の最高峰と言われています。

神話にもどづき崇められてきた神殿も、時代に翻弄され、ローマ帝国時代にはビザンチン教会として、オスマン帝国占領時代の1460年代にはイスラム教の寺院として使われたこともありました。
そして1687年、オスマン帝国の火薬庫として使われていた神殿は、ベネチア軍の攻撃受け(大トルコ戦争)、爆破炎上。
神殿は致命的な損傷を受けることとなります。
その後も、19世紀に入ってギリシャが独立を果たすまで、神殿の中にはミナレット(イスラム教の宗教施設に付随する塔)が設けられ、アクロポリスにはオスマン帝国の建造物が建ち続けていました。

20世紀後半頃から、パルテノン神殿を始めとするアクロポリスの建造物を修復しよう、という動きが本格化し始めます。
爆破前の完全な状態を復元することは難しいとされていますが、現代の素材や技術を取り入れつつ、損傷部分の修復や構造の補強作業が、日々、精力的に行われています。

神殿の高さは18m、幅31m、奥行きは70m、柱の数は46本。
以前は内部に巨大なアテナの像があったのだそうです。

炎と鍛冶の神ヘーパイストスを祀った大理石の神殿「ヘーパイストス神殿」

パルテノン神殿が鎮座するアクロポリスの丘の北側に、アテネの市民たちの生活の中心として機能していたアゴラという地区があります。
アゴラという言葉には”人の集まる場所”という意味があるのだそうです。
この地区の、鍛冶屋や窯業(ようぎょう)を営む職人たちが数多く暮らしていた地域に、紀元前415年頃に建てられた神殿は、やがて、雷と火山の神であり炎と鍛冶の神でもあるヘーパイストスを祀るようになりました。
もともとはギリシャ神話に登場するアテナイの王テーセウスを祀った神殿であった可能性もある、とのことで、テーセウス神殿と表されることもあります。

34本の柱に支えられた切妻の屋根が美しいドーリア様式の建築物。
中は大理石がふんだんに使われており、周囲の木々の緑がその白さをさらに際立たせています。
ギリシャを襲った戦火の標的にならずに済んだのか、パルテノン神殿より破損が少なく、比較的屋根が残っているところも、観光客をひきつけるポイントになっているのかもしれません。

岬の突端にてエーゲ海を臨む「ポセイドン神殿」

ギリシャ中東部、アッティカ半島南端のスニオン岬に、まるでエーゲ海を及ぶクジラの背中に乗っているかのような、海に突き出した岬に建つ神殿があります。
海の守護神ポセイドンを祀ったポセイドン神殿です。

紀元前5世紀の中ごろに建てられたとされるこの神殿は、当時は34本の大理石柱で形成されたドーリア様式の神殿でしたが、現在では、16本が残るのみ。
神殿の屋根部分を飾っていた装飾やレリーフは、アテネ近郊の博物館に収蔵されており、岬の周辺には残っていません。

現在、岬に残るのは柱だけですが、青い空に向かって伸びる柱は迫力満点。
三方を海に囲まれたこの場所は小高い丘になっており、やや傾斜がかった荒涼とした場所に悠然と建つ神殿は、海神ポセイドンを祀るにふさわしい雄大さを備えています。
あるのは青い空と海だけ。
太陽の光を独り占めして白く輝く石柱はとても神秘的です。

もし可能であれば、夕刻、日の入りの頃に訪れると、より神秘的な姿を見ることができるのだそう。
大理石の神殿が夕日で赤く染まる瞬間はまさに圧巻。
神々しいまでの姿は時の経つのを忘れるほどです。

古代ギリシャの歴史的建造物を巡る

古代オリンピック発祥の地「オリンピアの考古遺跡」

先史時代から人々の暮らしがあったとされる、ペロポネソス半島の西部、緑豊かなクロノスの丘の麓。
紀元前10世紀ごろからゼウスの聖地として栄えた町、オリンピア。
そのゼウスに捧げるスポーツの祭典として紀元前776年に始まったのがオリンピックです。
その競技場跡が遺跡として一般に公開されており、散策してまわることが可能。
完全な建物は残っていませんが、広大な敷地のそこかしこに競技場や施設の痕跡が残っていて、当時の熱狂ぶりが手に取るようにわかります。
女性子供、奴隷は入ることができなかったそうですが、それでも20万人以上もの観客で埋め尽くされていたのだそうです。

各都市国家の精鋭たちが4年に一度この地に集まり、短距離走、円盤投げ、格闘技、戦車競争など様々な協議で競い合い、日ごろの鍛錬の成果を披露し合ったと言います。

中には紀元前5世紀中頃に造られたゼウス神殿や、それより150年ほど前に建てられたヘラの神殿の跡も。
地震などの影響で建物は崩壊した状態ですが、基礎部分の造りを見れば、壮大な神殿であったことは容易に想像できます。

もっと詳しく知りたい、という方は是非、近くにある「オリンピア考古学博物館」へ。
遺跡で発見された彫像や鎧兜など様々な遺構が展示されています。
遺跡の復元模型も展示されているので、オリンピアへの理解がより深まること間違いなしです。

ギリシャ最古の劇場「ディオニソス劇場」

アクロポリスの南側の丘の斜面を利用して造られていた、大型野外劇場。
酒と演劇の神であるディオニソス(別名バッカス)に捧げたもので、もともとは木造だったそうですが、紀元前4世紀に大理石の石造りに改築されました。
現在残るものは後の世、ローマ帝国時代に改修されたものと考えられていますが、建設当時はおよそ17,000人が収容可能な劇場だったのだそうです。

劇場では毎年、ディオニソスに捧げる祭りが催され、悲劇をテーマにした演劇が上演されていました。
当時のギリシャでは、演劇は最大の娯楽であったと考えられています。

半円形に設けられた客席は階段状に設えた石製。
最前列には背もたれ付きの特別な席が今も残されていて、おそらく位の高い人が座る貴賓席だったのだろうと考えられています。
また、舞台の後方に残るディオニソス神話の一部が描かれたレリーフも必見です。

観光客はおのおの、好きな席を見つけて腰を下ろし、舞台を見つめて物思いにふけります。
どんな演劇が上映され、どんな人々が集まっていたのか。
ギリシャ最古の劇場は、今も静かに観客たちの来場を待ち続けているようです。

ハドリアヌスの図書館

ローマ帝国第14代皇帝ハドリアヌスがアテネ市に寄贈した図書館。
ハドリアヌスとは、人気漫画『テルマエ・ロマエ』でルシウスにお風呂を造らせたあの皇帝と言えばピンと来る人も多いはず。
実際のハドリアヌスも、行政改革を行って内政の整備に尽力したと言われ、五賢帝のひとりと称えられる偉大な人物なのです。

図書館と言いますが、実際に近くで見ると神殿のような荘厳な造り。
アクロポリスの北側、ローマ時代のアゴラがあった地域に建っています。

建設当初は、中央に中庭を望む回廊式の建物だったと考えられていますが、現在は残念ながら、回廊部分の外壁が残っているだけで、後は石が散在するのみ。
ここがどのような役割を果たしていたのかは、想像するしかありません。
ただ、現存する西側の壁(プロピュライア)の美しく装飾された柱や、隙間なくきっちり積まれた石壁は迫力満点です。

267年、ゲルマン人の一派の侵入によって、ハドリアヌスの図書館は破壊されてしまいます。
200年ほど経った後に修復され、中庭部分にキリスト教の聖堂が建てられていたこともあったのだそうです。

今は建物の原形をとどめていないため、当時の様子を想像することは難しいですが、本の貸し出しをする図書館というよりは、講義を聞いたり、調べものをしたり、後は資料の保管場所として使われていたと思われます。
街中にさりげなくこんな遺跡が残されているというところからもギリシャの奥深さを感じられ、一見の価値あり、です。

ギリシャの歴史的絶景を求めて

信託の都「デルフィ」

アテネから西へ、ギリシャ中央部にあるパルナッソス山の中腹には、かつて大きな都市国家があり、古くから”世界の中心”と言われるほど栄えていました。
「デルポイ」「デルフォイ」と読まれることもあります。

この地の中心にはアポロン神を祀った神殿があり、紀元前8世紀頃から神託所(神のお告げを伝える場所)や神殿が数多く造られ、「アポロンの神託」として名を馳せるように。
ギリシャ最古の神殿のひとつともされています。

周囲を険しい山々と深い渓谷に囲まれ、大自然に抱かれ守られているような、そんな場所に建つ神託所。
全盛期には国内はもとより遠く黒海沿岸からも多くの巡礼者が訪れ、町は大変にぎわったと言います。
多くの指導者たちも、国家の有事を決定するべく、アポロンのお告げを求めてこの地を訪れたのだそうです。

しかしその繁栄にもやがて終焉の時がやってきます。
山間の土砂が崩れて建物をすべて埋め尽くしてしまったのだそうです。

かつての聖地はこうして永い眠りにつきます。
再び息を吹き返したのは19世紀に入った頃。
貴重な遺構を掘り起こそうと、発掘調査が始まったのです。

深い山間の、決してなだらかではない場所に、かつて建っていたと思われる石造りの巨大神殿。
現在は、礎や柱などがほとんどで完全な建物は見えませんが、険しい山を背景に残る石積みを見ただけでも、相当な数の建造物が建っていたことがわかります。
このような場所にどのようにして石を運び、巨大な建造物を築いたのか。
それがアポロンのお告げの力なのか。
そんな神聖な気持ちにさせる、凛とした空気が漂う場所なのです。

奇跡の絶景「メテオラ」

ギリシャ中部のテッサリア平原には、ギリシャの遺跡のイメージを覆すような荒々しい自然が創りだした奇跡の絶景が広がっています。

メテオラとは、ギリシア語で「中空に浮かぶ」を意味する「メテオロス」が語源なのだそうです。
その名のとおり、天に向かって手を伸ばしているかのようにそそり立つ、様々な大きさの奇妙な形の巨石群の上に建つ、まるで天空を漂っているかのような建物群。
標高600mほどもある荒々しい岩山の上に頑なにへばりつくように建つのは、14世紀頃に建てられたとされる修道院です。
今にも転がり落ちそうな建物の中で、キリスト教の修道士たちは祈りの日々を送ります。
俗世から離れ、祈りを捧げるにはふさわしい場所なのかもしれません。

もともと、人が足を踏み入れることなどない陸の孤島のような場所だったのだそうです。
人が訪れるようになったのは9世紀頃だったそうで、祈りを捧げようとする修道士たちが岩の裂け目や穴に住み着いたのが始まりだったと考えられています。

奇妙な形の巨岩と、その上に建つ神聖な建造物。
時を超えて今も残るその光景は、世界複合遺産にも登録されています。

神話と歴史に触れるギリシャの旅へ

ギリシャ神話には何万という数の神様が登場するのだそう。
悩んだり失敗したり、どこか愛嬌があって人間臭く、親しみが持てる神様ばかり。
そこがギリシャ神話の魅力でもあるのかもしれません。
考えてみれば日本にも”八百万の神”と言うほどたくさんの神様がいて、神話は私たちの生活に根付いています。
ギリシャと日本。
町のそこかしこに神話が残る国同士、もっと親密になってもいいのかもしれません。

(引用:wondertrip)



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